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【お隣の天使様】見知らぬ傘 ―― 真昼が夜のしじまに綴る独白|No2

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窓辺でテディベアを抱えながら微笑む天使のような少女を描いた、淡いピンクと白を基調とした幻想的なアニメ風イラスト。背景には青空と花びらが舞い、タイトル文字が配置されている。 ポエム
天使のような少女が優しく微笑む、淡く幻想的な第2話ビジュアル。

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M i d n i g h t  D i a r y

見知らぬ傘 ―― ある夜の独白

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夜のしじまに、雨の記憶がよみがえる時間があります。

 街灯が滲んで、アスファルトに光の輪を落とすあの時間。傘の下で、人はふと、自分という存在の輪郭を見失うことがあるのです。

 あの日のわたくしも、そうでした。

 雨に打たれながら、ブランコを漕いでいたあの夕暮れ。空はどこまでも灰色で、わたくしの心もまた、その色に溶けていきました。誰にも見つけられないように、息をひそめて生きてきた少女が、ようやく、見つけてもらうことすら諦めた、その瞬間でした。

 両親という名の、遠い遠い人々。「要らない子」という言葉が、扉の向こうから、雨粒のように落ちてくる夜を、わたくしは数えきれぬほど過ごしてまいりました。手を伸ばしても、その手をとってくれる人はいない。ならば、伸ばすことをやめましょう。期待することをやめましょう。そう決めて、心に薄い氷を張ったのです。

天使様」。

 人はわたくしをそう呼びました。けれど、あれは鎧でした。空っぽの胸を、誰にも覗かれないように被った、透きとおる仮面だったのです。

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…そんなわたくしの時間が、ふたたび動き出したのは、一本の傘からでした。

「風邪引くし、差して帰れよ。返さなくていいから」

 ぶっきらぼうな声と、押しつけられた柄の感触。それだけ。本当に、それだけのことだったのです。

 けれども、あなたの遠ざかる背中を見送ったとき、止まっていたわたくしの時計が、かちり、と微かな音を立てて動きだしました。雨音にまぎれて、誰にも気づかれない、ささやかな始まりの音でした。

…それから、奇妙な隣人の季節が始まりました。

 風邪を引いたあなたを看病し、夕食をタッパーに詰めて渡す。理由なんて、本当はなかったのです。「自己満足」という言葉で、わたくしは自分の心をごまかしていたのでしょう。ただ、湯気の向こうから「すげえうまそう」と笑う、その素朴な声を聞きたかっただけ。

 無表情で食べるより、素直に美味しいと言ったほうが気分がいい——あなたはそう言いましたね。

 その飾らないひとことが、凍っていた何かを、ゆっくりと、本当にゆっくりと、溶かしていきました。

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…夜は深くなります。

 ソファで隣り合う距離が、いつしか心地よくなり、あなたの過去を、わたくしの過去を、互いに静かに差し出しあった夜がありました。

「見て見ぬふりしてやれ。泣くなら泣けよ。俺はいるから

 低く、優しく、すべてを受けとめてくれた、あの声。わたくしが必死に被っていた天使の鎧が、ひとひら、ひとひら、夜の闇に剥がれ落ちていきました。可愛げのない、臆病で、自分勝手な、本当のわたくしを、あなたは「割と好きだぞ」と笑ってくれたのです。

…声を殺して、泣きました。

 あなたの胸で、生まれて初めて、泣きました。

 その夜のことを、わたくしは「魂の雪解け」と呼んでおります。誰にも告げぬ、わたくしだけの、密かな名前です。

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…そして、季節はめぐります。

 体育祭の青い空の下で、あなたを「一番大切な人」と公言したあの日の胸の高鳴り。「絶対に大切にする」と誓ってくれた、あなたの真っ直ぐな眼差し。誕生日に贈られたくまのぬいぐるみは、いまも窓辺で、夜の薄明かりに微笑んでいます。

 空っぽだった胸に、ひとつ、またひとつと、小さな灯が点ってゆく。

…雨の日に、見知らぬ傘を差し出してくれた、あなた。

あれは傘ではなく、
帰る場所への道しるべでした。

 世界でいちばん大切な、あなたへ。

 これからもずっと、あなたの隣で、雨の音を聴いていたいのです。

――おやすみなさい。

良い夢を。

…そして、また明日。

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