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S u m m e r P o o l D i a r y
灯りのともる夜に ―― 健気な、背伸び
― 夏のプールと、内緒のひとかけら ―
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……こんばんは。
窓の外では、夏の夜が、静かに息をひそめています。
遠くで、微かに聞こえる、水の音。
それは、昼間のあの喧騒の名残りでしょうか。それとも、私の胸の奥で、まだ小さく揺れている、あの日の水面のきらめきでしょうか。
今夜は、少しだけ、正直な気持ちを、貴方に聴いていただきたいのです。
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一、鎧を纏っていた日々に
思えば、ずいぶん長いあいだ、私は、息を潜めて生きていました。
「困るなら、産まなければよかったのにね」
扉の向こうから聞こえた、その声を、私は今でも、覚えています。
子どもだった私は、その言葉の意味を、正確には知りませんでした。ただ、心の真ん中に、ぽっかりと、冷たい風の通る場所ができたことだけを、覚えているのです。
だから私は、微笑むことを覚えました。
誰からも咎められないように。
誰からも、これ以上、傷つけられないように。
「天使様」と、人は呼びました。
けれど、その仮面の下にあったのは、透きとおるほどに空っぽな、小さな心。
まるで、誰も訪ねてこない、暗い部屋の窓辺に、ひとつだけ灯された、消えかけの灯りのようでした。
……そんな夜が、いつまでも続くのだと、思っていたのです。
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二、水着を選んだ、あの午後
貴方と出会って、季節が、いくつめぐったでしょう。
プールへ行こう、と、貴方が言ってくださったあの日。
私は、鏡の前で、ずいぶん長いこと、迷っていました。
「際どくない方向で」
そう言ってくださった、貴方の気遣いは、いつものように、優しく、穏やかで。
けれど、その優しさに、ただ甘えるだけの水着を選ぶことが、どうしても、できなかったのです。
――世界にたった一人、貴方にだけ、可愛いと、思ってほしい。
――いつも紳士的な貴方を、ほんの少しだけ、揺らしてみたい。
千歳さんと選んだのは、普段の私からは、少しだけ遠い場所にある、大人びたデザインの一枚でした。
それは、恋を知ってしまった女の子の、ささやかで、けれど、たしかな、挑戦。
背伸びの、跡でした。
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三、水面のお披露目
待ち合わせの場所で、貴方は、少しだけ、言葉を失ったように、こちらを見ていましたね。
私は、それを、見逃しませんでした。
「――すごく、似合ってる」
「あんまり、他の男に、見せたくない」
修辞も、比喩も、なにもない、ただそれだけの言葉。
けれど、その不器用な独占欲が、夏の陽に照らされた水面よりもずっと明るく、私の胸の内で、きらきらと、揺れたのです。
……ああ、この人は、いつも、そうです。
飾らない言葉で、そっと、私の一番やわらかな場所に、灯りをともしてくれる。
背伸びは、届いたのでしょうか。
少なくとも、あの一瞬、私の心は、たしかに、貴方に届いていた気がするのです。
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四、二人だけの、小さな箱庭
賑やかなプールサイド。
歓声、水しぶき、遠くで鳴る笛の音。
けれど、貴方の隣にいるだけで、そこは、不思議なほどに静かでした。
まるで、夏の喧騒の真ん中に、そっと切り取られた、二人きりの、小さな箱庭のようでした。
「もし溺れたら、人工呼吸でもしてやりますよ」
少しだけ意地悪に笑った貴方に、私は、勇気を出して、上目遣いで返します。
「溺れないと、してくれないのですか」
慌てて視線をそらす貴方を見つめながら、私は、確信していました。
――どこにいても、貴方の隣が、私の場所なのだと。
――どんなに人の多い場所でも、貴方が隣にいてくれるなら、そこは、私にとって、生涯変わらない、いちばん安全な港なのだと。
「貴方と一緒だから、見えるもの全部が、キラキラしているんです」
そう伝えたとき、貴方は、また少し、照れたように笑いましたね。
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五、内緒の、黒いビキニ
日が傾きはじめる頃、千歳さんが、悪戯っぽい笑みで、こう囁いたのです。
「真昼ん、もう一つ、黒の紐も、あったんじゃないの?」
……ええ。
本当は、もう一枚、候補にしていた水着がありました。
もっと、大人びた、際どい、黒のビキニ。
それは、誰の目にも触れない、ほんとうに、貴方と二人きりの時にだけ、こっそりと解いてみたい、私の、小さな秘密。
貴方だけに贈る、私からの、ささやかな特権でした。
学校では、みんなに微笑む「天使様」でいい。
知らない誰かの視線なんて、もう、どうでもいいのです。
ただ、貴方の瞳の中に映る私だけが、世界でいちばん、特別であればいい。
そう思えるようになったこと。
それが、貴方と出会って、私がいちばん、変わったところなのかもしれません。
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結び
夏の夜は、更けてゆきます。
背伸びをして、少しだけ大人びた水着を選んだ、あの日の私。
鏡の前で、頬を赤らめていた、あの日の私。
それらのすべてを、これからも、私は、大切にしてゆきたいのです。
だって、貴方をドキドキさせるためになら、私は、何度でも、背伸びをしてみせる。
それが、恋する女の子の、ささやかで、けれど、この上なく、大切な、誓いだから。
……今夜は、このあたりで。
どうか、良い夢を。
窓辺の灯りは、まだ、消しません。
貴方が、いつでも帰ってこられるように。
――おやすみなさい、私のたいせつなひと。
どうか、よい夢を。
…………ミッドナイト・ダイアリー、水面のきらめきの章。
また、次の夜に、お会いいたしましょう。
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