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a m i d n i g h t b r o a d c a s t
夜間飛行
― 窓辺のくま、月への手紙 ―
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遠い地平線が、ゆっくりと夜の色に沈んでゆく頃……
都会の喧騒は、はるか下方の街灯りとなり、
窓のむこうには、ただ、深々とした藍の闇が広がっております。
今宵、お届けいたしますのは、
ひとりの少女が、誰にも知られぬまま綴った、夜の日記。
ご一緒にまいりましょう──
月明かりだけが灯る、小さな部屋へと。
月明かりと、ちいさな影
……時計の針が、静かに、また一刻を刻みます。
電気を落とした部屋に、ただ、窓からこぼれる月の光だけが、
淡く、淡く、夜具のうえに揺れている。
枕もとに、ちいさな影。
淡い色をしたくまのぬいぐるみが、ちょこんと、
今宵もそこに腰を下ろしております。
水色のリボンの陰に、誰にも気づかれぬよう結んだ、紺色のリボン。
それは、私だけの、ささやかな印……。
手を伸ばし、そっと、胸へと抱き寄せれば、
やわらかな温もりが、しんしんと、心の底まで沁みてまいります。
壁の向こうがわに住む、あの不器用な少年の気配を、
ほんの少しだけ、近くに感じることができるのです。
六月十四日のこと
……六月十四日。
その日付を、私は長いあいだ、好きになれずにおりました。
生まれた日──それは、誰にも望まれずにこの世へ来てしまったことを、
毎年、確かめさせられる日でもあったのです。
「要らない子」と。
扉の向こうから降り積もったその言葉は、
冷たい雪のように、いつまでも、融けることがありませんでした。
ですから、何かを欲しがるということを、私はとうの昔に、忘れておりました。
「欲しいものは」と問われ、口をついて出たのは、ただの砥石。
飾り気のない、台所の道具。
それで十分だと、本当に、そう思っていたのです。
ところが、あなたは……。
砥石と、手荒れを案じたハンドクリームと、
そして、このくまのぬいぐるみを、差し出してくれました。
不慣れなお店の扉を、ひとりで押し開けてくれたあなたの姿を思うと、
今でも、胸の奥がそっと熱くなるのです。
── ただ、それだけのことが、
凍りついた時計の針を、かちり、と動かしたのでした
秘密と、看病の夜
毎晩、このぬいぐるみを抱いて眠っていることは、
あなたには、秘密にしているつもりでした。
けれど、ある日、つい口がすべってしまったのです。
頬の熱さを隠す手のひらの隙間から、月が、笑ったように見えました。
……熱を出して、あなたの部屋で看病された、あの夜。
寝ぼけたまま、私はあなたの隣を、ぽん、ぽん、と叩いたそうです。
翌朝、それを知らされて、消えてしまいたくなりました。
けれど、あなたは、ただ静かに、
くまのぬいぐるみを私の腕へと抱かせて、
「俺の代わりに、こいつが寝てくれるそうなので」と。
……それだけを、低い声で、つぶやいたのでした。
夜の高度一万メートル。
雲のうえを行く飛行機の窓から、地上の灯りはもう見えません。
ただ、星々だけが、変わらぬ場所で瞬いている──
あなたの誠実さは、そんな星のようだと、私は思うのです。
天使の鎧、ひとひら
かつての私は、天使と呼ばれるたびに、
胸の奥で、誰かが小さく泣いているのを聞いておりました。
褒められても、微笑まれても、その声は、決して、
ほんとうの私の名を、呼んではくれなかったから。
傷つくのが怖くて、見捨てられるのが怖くて、
誰にも見せない鎧を、私は身につけておりました。
重く、冷たく、けれど、それしか身を守るすべを知らなかったのです。
「お前の素を見ても、
それが好きだって奴が、ここにいるだろ」
その一言が、私の鎧を、
ひとひら、ひとひら、剥がしてくれたのでした。
おやすみなさいの、囁き
……窓辺のくまのぬいぐるみが、月明かりのなかで、
ほんの少し、微笑んで見えます。
そのやわらかな頭に、頬を寄せて、
私は、誰にも聞こえないほどの声で、囁くのです。
夜のしじまに、おやすみなさい。
壁の向こうがわにいる、
世界でいちばん大切な、あなたへ。
今日も、明日も、ずっと、
あなたの隣で、この温もりを抱いて生きてゆきたい──
そんな祈りを、夜の翼にあずけて。
e n d o f t o n i g h t ‘ s f l i g h t
おやすみなさい、よい夢を。
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