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【椎名真昼 詩篇】夜間飛行 〜窓辺のくま、月への手紙〜|No8

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満月が輝く夜の窓辺で、くまのぬいぐるみを優しく抱きしめる天使のような少女を描いた幻想的なイラスト。 ポエム
満月の夜、くまのぬいぐるみと過ごす優しく穏やかなひととき。

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a   m i d n i g h t   b r o a d c a s t

夜間飛行

― 窓辺のくま、月への手紙 ―

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 遠い地平線が、ゆっくりと夜の色に沈んでゆく頃……
 都会の喧騒は、はるか下方の街灯りとなり、
 窓のむこうには、ただ、深々とした藍の闇が広がっております。

 今宵、お届けいたしますのは、
 ひとりの少女が、誰にも知られぬまま綴った、夜の日記。
 ご一緒にまいりましょう──
 月明かりだけが灯る、小さな部屋へと。

月明かりと、ちいさな影

 ……時計の針が、静かに、また一刻を刻みます。
 電気を落とした部屋に、ただ、窓からこぼれる月の光だけが、
 淡く、淡く、夜具のうえに揺れている。

 枕もとに、ちいさな影。
 淡い色をしたくまのぬいぐるみが、ちょこんと、
 今宵もそこに腰を下ろしております。
 水色のリボンの陰に、誰にも気づかれぬよう結んだ、紺色のリボン
 それは、私だけの、ささやかな印……。

 手を伸ばし、そっと、胸へと抱き寄せれば、
 やわらかな温もりが、しんしんと、心の底まで沁みてまいります。
 壁の向こうがわに住む、あの不器用な少年の気配を、
 ほんの少しだけ、近くに感じることができるのです。

六月十四日のこと

 ……六月十四日
 その日付を、私は長いあいだ、好きになれずにおりました。
 生まれた日──それは、誰にも望まれずにこの世へ来てしまったことを、
 毎年、確かめさせられる日でもあったのです。

 「要らない子」と。
 扉の向こうから降り積もったその言葉は、
 冷たい雪のように、いつまでも、融けることがありませんでした。

 ですから、何かを欲しがるということを、私はとうの昔に、忘れておりました。
 「欲しいものは」と問われ、口をついて出たのは、ただの砥石。
 飾り気のない、台所の道具。
 それで十分だと、本当に、そう思っていたのです。

 ところが、あなたは……。
 砥石と、手荒れを案じたハンドクリームと、
 そして、このくまのぬいぐるみを、差し出してくれました。
 不慣れなお店の扉を、ひとりで押し開けてくれたあなたの姿を思うと、
 今でも、胸の奥がそっと熱くなるのです。

── ただ、それだけのことが、
凍りついた時計の針を、かちり、と動かしたのでした

秘密と、看病の夜

 毎晩、このぬいぐるみを抱いて眠っていることは、
 あなたには、秘密にしているつもりでした。
 けれど、ある日、つい口がすべってしまったのです。
 頬の熱さを隠す手のひらの隙間から、月が、笑ったように見えました

 ……熱を出して、あなたの部屋で看病された、あの夜。
 寝ぼけたまま、私はあなたの隣を、ぽん、ぽん、と叩いたそうです。
 翌朝、それを知らされて、消えてしまいたくなりました。

 けれど、あなたは、ただ静かに、
 くまのぬいぐるみを私の腕へと抱かせて、
 「俺の代わりに、こいつが寝てくれるそうなので」と。
 ……それだけを、低い声で、つぶやいたのでした。

 夜の高度一万メートル。
 雲のうえを行く飛行機の窓から、地上の灯りはもう見えません。
 ただ、星々だけが、変わらぬ場所で瞬いている──
 あなたの誠実さは、そんな星のようだと、私は思うのです。

天使の鎧、ひとひら

 かつての私は、天使と呼ばれるたびに、
 胸の奥で、誰かが小さく泣いているのを聞いておりました。
 褒められても、微笑まれても、その声は、決して、
 ほんとうの私の名を、呼んではくれなかったから。

 傷つくのが怖くて、見捨てられるのが怖くて、
 誰にも見せない鎧を、私は身につけておりました。
 重く、冷たく、けれど、それしか身を守るすべを知らなかったのです。

「お前の素を見ても、
それが好きだって奴が、ここにいるだろ」

 その一言が、私の鎧を、
 ひとひら、ひとひら、剥がしてくれたのでした。

おやすみなさいの、囁き

 ……窓辺のくまのぬいぐるみが、月明かりのなかで、
 ほんの少し、微笑んで見えます。
 そのやわらかな頭に、頬を寄せて、
 私は、誰にも聞こえないほどの声で、囁くのです。

 夜のしじまに、おやすみなさい。
 壁の向こうがわにいる、
 世界でいちばん大切な、あなたへ。

 今日も、明日も、ずっと、
 あなたの隣で、この温もりを抱いて生きてゆきたい──
 そんな祈りを、夜の翼にあずけて。

e n d   o f   t o n i g h t ‘ s   f l i g h t

おやすみなさい、よい夢を。

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