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J e t S t r e a m N i g h t
帰る場所、隣の扉のむこうに
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……夜風が、ひとすじ、窓を撫でてゆきます。
遠い街の灯が、ひとつ、またひとつと、夏の宵に滲んでまいります……
第一章 黄昏のなかで
教室の窓に映っていた私は、誰の目にも完璧でございました。
微笑みは絶やさず、声は澄み、肩には何ひとつ翳りを落とさない。
けれど、その姿は私自身が縫い上げた、見えない一枚の鎧でございました。
愛されなかった子どもが、それでも明日を生き延びるために纏う、
薄く、冷たく、そして重たい鎧。
完璧でなければ、私は私であってはならない。
そう言い聞かせて結んだリボンは、夕暮れになるたび、私の喉をそっと締めつけてゆくのでした。
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……そして、鞄の底でかすかに鳴る、ひとつの鍵。
それは、私の部屋の鍵ではございません。
すぐ隣の、あの扉を開けるための、小さな小さな約束のかたちなのでございます。
第二章 「おかえり」という名の灯
カチリ、と鍵が回る音。
その音を合図に、私の中の張り詰めた糸が、ほどけてゆきます。
重ねた一日が、肩から、指先から、静かに滑り落ちてゆくのを感じながら、私は扉を押すのです。
「おかえり」
ぶっきらぼうで、けれど確かに温度を持ったその声が、玄関の三和土に立つ私を、迎えてくれます。
……ああ、灯がともる、と思いました。
胸の奥のどこか、長いあいだ暗いままだった部屋に、ふっと小さな明かりが点る。
たったそれだけのことが、なぜ、こんなにも私を救うのでしょうか。
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ソファに腰を下ろし、貴方と肩の触れぬほどの距離に身を置けば、
教室で私が演じていた「天使様」は、もういません。
ここにいるのは、少し口の悪い、
世話焼きの、不器用な、
ただの椎名真昼。
そして、その私を、貴方は何ひとつ咎めないのでございます。
第三章 遠い夜の記憶に
……時計の針が、深い時間を指し示しています。
思い出すのは、まだ鍵を持たなかった頃の私。
「要らない子」と告げた、あの人たちの背中。
家という名の建物の、けれど誰もいない、長すぎる廊下。
期待することを、私は早くに諦めました。
甘えることを、ずっと前に忘れました。
涙の流し方さえ、いつの間にか分からなくなっていたのでございます。
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そんな私の凍えた手を、ある夜、貴方はそっと包んでくださいました。
「泣くなら泣けよ」
それは、慰めではなく、許しでございました。
完璧でない私に、弱くてよいと告げる、初めての声。
「俺は割と好きだぞ」
それは、賛辞ではなく、約束でございました。
可愛げのない私のままで、ここにいてよいと差し出された、無骨な手のひら。
……あの夜、
私の空っぽだった胸の中に、消えることのない一つの灯がともったのでございます。
第四章 永遠の安全基地
紅茶の湯気が、ゆるやかに立ちのぼっています。
貴方は「俺がいないと駄目になる」と私に甘えられても、ただ少し困ったように笑うばかり。
けれど、本当に駄目にされているのは、どちらなのでしょうか。
鎧を脱がされ、強がりを解かれ、
ありのままでいることを許されてしまった私は、
もう、ここでなくては息ができない気がするのです。
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外の世界では、また明日も、私は天使様を演じるのでしょう。
冷たい雨が降ることも、心無い声に晒される夜もあるでしょう。
それでも、構わないのです。
だって、ここに帰ってくれば、
貴方の「おかえり」が、待っていてくれるのですから。
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……夜が更けてゆきます。
紅茶の香りに包まれて、私は静かに目を閉じます。
胸のうちで、誰にも届かぬ祈りをひとつ。
どうか、この灯が、いつまでも消えませんように。
どうか、この隣が、いつまでも私の帰る場所でありますように。
――おやすみなさい。
世界でいちばん静かな、私の夜に。
… … … … そ れ で は 皆 様 、 心 地 よ い 夜 の 旅 を 。
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