𓂃 ⋆ 。 ˚ ☾ ˚ 。 ⋆ 𓂃
M i d n i g h t D i a r y
夜のしずく
𓂃 ⋆ 。 ˚ ☽ ˚ 。 ⋆ 𓂃
……夜が、しずかに更けてゆきます。
窓の外、街の灯りはひとつ、またひとつと、ちいさな星座のように瞬いて。
私は今、この静けさの中で、ペンを取りました。
遠い日のことを、お話ししましょうか。
˚ ༘ ೀ ⋆ 。 ˚ ☾ ˚ 。 ⋆ ೀ ༘ ˚
六月十七日。
あの頃の私は、たぶん、誰の目にも映っていませんでした。
立派な家の、立派な娘。ピアノが弾けて、勉強ができて、いつも微笑んでいる女の子。
──けれど、その微笑みの下で、私はずっと、息を潜めていたのです。
扉の向こうから届く、母の声。
「あの人によく似てるわ」。
たったそれだけの言葉が、幼い私の胸を、何度も、何度も、貫いていきました。
……手を伸ばすことを、やめました。
……期待することを、やめました。
……そして、私は、天使になったのです。
誰にも触れられない、誰にも触れない、冷たくて綺麗な、ひとりの天使に。
˚ ༘ ೀ ⋆ 。 ˚ ☂︎ ˚ 。 ⋆ ೀ ༘ ˚
── 雨の音を、覚えていますか。
あの日、私はブランコに揺られていました。
空っぽの胸に、雨だけが降り積もっていく、そんな夕暮れ。
貴方は、何も言わずに傘を差し出してくれましたね。
「返さなくていい」。
ただそれだけを残して、雨の中を歩いていった、あの不器用な背中。
……今でも、私の胸の真ん中に、あの背中が残っています。
それから、いくつもの夜が過ぎました。
タッパーに詰めたお夕飯。
ソファの、隣の温度。
テレビの音と、ふたりぶんの息づかい。
──ありふれた、ささやかな時間。
けれど、それは、私がずっと知らなかった
「人の温もり」というものの、ほんとうの名前でした。
「美味しい」。
貴方が口にする、たったそれだけの言葉に、
私の凍えていた何かが、しずかに、しずかに、ほどけてゆくのを感じました。
……雪が解けるように。
……夜が、朝にかわるように。
˚ ༘ ೀ ⋆ 。 ˚ ✩ ˚ 。 ⋆ ೀ ༘ ˚
あの夜のことを、私は、生涯忘れないでしょう。
すべてを打ち明けた私に、貴方は美しい言葉なんて、ひとつもくれませんでした。
慰めも、同情も。
ただ、「泣くなら泣けよ」と、それだけ。
けれど、その不器用な一言が、
私が長い年月をかけて着込んできた、見えない鎧を
──音もなく、剥がしていったのです。
「俺は割と好きだぞ。
お前の素を見ても、
それが好きだって奴がここにいるだろ」
……ああ。
……ああ、と、私は思いました。
この世界に、私が、いてもいいのだと。
完璧でなくても、可愛げがなくても、臆病でも──
このままの私で、誰かの隣に、いてもいいのだと。
貴方の背中に顔を埋めて、初めて声をあげて泣いた、あの夜。
私の中で、ながいながい冬が、ようやく終わりを告げたのです。
˚ ༘ ೀ ⋆ 。 ˚ ♡ ˚ 。 ⋆ ೀ ༘ ˚
── 今、夜の窓辺で、私はくまのぬいぐるみを抱いています。
貴方がくれた、この小さな温もり。
貴方がくれた、「ずっと隣にいる」という、たったひとつの約束。
それだけで、私の世界は、もう、十分に明るいのです。
「ずっと隣にいるから」
遠い日の私へ。
諦めないで、と、伝えたい。
……いいえ、伝えなくてもいい。
あの日のあなたの手を、いつか、温かい手が、ちゃんと取りに来てくれるから。
夜は、まだ少し、長いようです。
けれど私は、もう、ひとりではありません。
……おやすみなさい、私の大切な人。
どうか、よい夢を。
Midnight in your heart――
あなたの胸の真夜中に、
この祈りが、静かに届きますように。
𓂃 ⋆ 。 ˚ ♡ ˚ 。 ⋆ 𓂃

コメント