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S u m m e r M o r n i n g D i a r y
七月、朝の光のなかで
― ある日の日記より ―
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七月の朝は、まだ空気のなかに、夜の名残をわずかに含んでいます。
カーテンの向こうから差し込んでくる光は淡く、やわらかく、
まるで、昨夜見ていた夢の続きのようでした。
今日、あなたと出かける約束をした朝のこと。
私はクローゼットの前で、何度も服を胸元に当てては、鏡の中の自分と目を合わせていました。
服を選ぶという、ただそれだけのことが、
こんなにも胸を高鳴らせるものだったなんて。
かつての私は、知らずに生きてきたのです。
いつからでしょうか。
私は、誰にも咎められないための衣装ばかりを、身に纏うようになっていました。
それは薄氷のように冷たく、けれど、確かな鎧でした。
「天使様」――
そう呼ばれる微笑みの奥には、
必要とされないことに慣れてしまった、小さな少女がずっと座っていたのです。
けれど、今朝、私が鏡に映しているのは、その鎧ではありません。
ただ、あなたの瞳のなかに映るためだけの、私の姿でした。
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――清楚系と、大人っぽいもの。どちらがいいですか。
そう尋ねた、あの夜のことを、思い出しています。
少し困ったように「清楚な方で」と答えてくれた、あなたの声。
私はそれを、大切な楽譜のように、心のなかで何度もなぞっていました。
選んだのは、襟ぐりの少しひろいシフォンのブラウスです。
長いランタン袖の側面には、そっとレースのスリットが開いていて、
腕を上げると、透けた肌が、朝の光のなかで小さく息をするのです。
それは、あなたとの約束を守りながら、ほんの少しだけ、大人へと背伸びをしてみたい――
私の、内緒の企みでした。
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髪は、編み込んで、うなじを見せることに決めました。
猫ちゃんと遊ぶのに邪魔にならないから。
そう自分に言い聞かせながら、
本当は、いつもと違う私を、あなたに見つけてほしかっただけなのかもしれません。
手首には、ホワイトデーにあなたが贈ってくれた、花のかたちのブレスレットを、そっと。
金色でもなく、銀色でもない、淡いピンクゴールド。
それは、私とあなたのあいだにだけ流れる、秘密の光のようでした。
鏡のなかの私は、いつもより少しだけ大人ぶっていて、
そして、いつもより少しだけ、頼りなげでした。
やりすぎでしょうか。浮かれていると、笑われるでしょうか。
不安が、朝の湖面のように、静かに、静かに、揺れていました。
けれど、その揺らぎの奥に、たしかな灯りが、ひとつ。
――あなたを、驚かせたい。
――あなたを、私だけの手で、ドキドキさせたい。
いつも余裕そうに微笑む、そのあなたが、
少し困ったように目を伏せる瞬間を、
私はこの世で一番、独り占めしたいと、思ってしまうのです。
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深呼吸を、ひとつ。
廊下の向こう、あなたの部屋の扉の前へと、私は歩き出しました。
足音が、自分でも驚くほど、鮮やかに響いていました。
――おはようございます。
そう声をかけた瞬間、
あなたの目が、ほんの少しだけ、丸くなりました。
言葉を探すように、私を見つめたまま、止まった、一秒。
その一秒を、私はきっと、生涯忘れないでしょう。
それは、私のささやかな背伸びが、
あなたの心に、たしかに届いたことの、しるしだったのですから。
「……髪、あげてるんだな」
少し遅れてこぼれた、あなたの声は、
いつもよりわずかに硬く、けれど、確かにあたたかい響きでした。
「猫ちゃんと遊ぶのであれば、邪魔になりますから。……どうですか」
少し首を傾げてみせる私に、あなたは、まっすぐに答えてくれました。
「うん、似合ってるよ」
その短い一言が、
夜通し降り続いた雨のあとの、朝の匂いのように、
私の胸の奥まで、静かに、静かに、染み込んでいきます。
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「……笑うなら、笑ってくださいね」
強がって、つい目を逸らしてしまう私に、
あなたは、飾らない声で言いました。
「思ってないよ。いつもより可愛いとは思ったけど」
ああ、と、私は思います。
かつて、誰も見つけてくれなかった小さな少女は、
ようやく、たったひとりの人の瞳のなかに、
「可愛い」と呼ばれる、あたたかな場所を見つけたのだと。
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学校での「天使様」など、もう、どうでもいいのです。
世界中のどんな称賛も、あなたのその一言の前では、羽根よりも軽い。
これからも、きっと私は、背伸びを続けるのでしょう。
何度でも、何度でも、あなたのために。
それは、健気で、少しだけ滑稽で、
けれど、この世で一番、幸福な、小さな冒険なのです。
七月の朝の光のなかを、
私は、あなたと並んで、歩き出します。
夏のはじまりの、少しだけ眩しい、その方向へ――。
――いってらっしゃい、私のたいせつなひと。
どうか、よい一日を。
…………それでは皆様、光あふれる朝の旅を。
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