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S u m m e r N i g h t L e t t e r
飾らない全肯定 ―― 夜の手記
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――夏の夜の帳が、街にそっと降りてくる頃。
時計の針だけが、ふたりきりの時間を、ひとつ、またひとつと、刻んでまいります……
シャープペンが紙の上を滑る、その微かな音。
それだけが、この部屋を満たしている、すべて。
貴方の隣に座り、私は、ノートに向かうその横顔を、誰にも気づかれないように、ただ静かに見つめておりました。
第一章|夜の机に響く、シャープペンの音
学校では、誰も貴方の本当の姿を知らない。
気怠げに、目立たないように、教室の片隅で息をしている、ひとりの男子生徒。
けれど、夜のこの部屋でだけ、貴方は、真っ直ぐな眼差しを見せてくれます。
学年十位以内という、誰にも見せない努力の証を、世界中で、私だけが知っている。
その事実が、胸の奥に、甘く、静かに灯ります。
ひとには言えない、小さな、けれど確かな ―― 独占欲、と呼んでもいいでしょうか。
そっと席を立ち、キッチンへ。
昨日焼いた、一口サイズのフィナンシェ。
こんがりと、きつね色に焼き上がったそれに、可愛らしいピックを刺して。
淹れたてのコーヒーの香りが、夜の空気に、ゆっくりと、ほどけてゆきます。
ふと、胸の奥を、冷たいものがよぎりました。
幼い頃、どれほど完璧に振る舞っても、誰にも褒めてもらえなかった、あの頃の記憶。
私の作ったお菓子を、貴方は、本当に喜んでくれるだろうか ―― 。
影のような不安が、湯気の向こうで、揺れては、消えてゆきます。
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第二章|修辞のない、ひとことの「美味しい」
「周くん、どうぞ」
机の端にトレイを置くと、貴方は参考書から顔を上げ、少し驚いたように、目を丸くしました。
「……すげえうまい」
たった、それだけの言葉。
修辞も、比喩も、何もない、無骨な、たった一言。
けれど、その言葉に、嘘はひとつもありません。
計算もない。世辞もない。
ただ、純粋な喜びだけが、そこに在りました。
長い間、凍りついていた何かが、その一言で、静かに、溶けてゆくのを感じます。
夜の海に、ひと筋の月明かりが落ちるように。
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第三章|見えない鎧を、溶かしてゆく魔法
愛し合って結ばれたわけではない、両親のもとに、私は生まれました。
「困るなら産まなければよかったのにね」
「要らない子」
幼い私に向けられた、その冷たい言葉たちを、私は、今も、忘れることができません。
期待することを、諦めた。
愛されることを、諦めた。
「天使様」という見えない鎧を纏って、私は、ひとりで生きてゆくのだと、心に決めていたのです。
けれど ―― 。
貴方は、ある夜、私が震える声で過去を打ち明けたとき、安っぽい同情の言葉を、ひとつも、口にしませんでした。
ただ、静かに、「泣くなら泣けよ」と、悲しみを受け止めてくれた。
「俺は割と好きだぞ。
お前の素を見ても、
それが好きだって奴が、ここにいるだろ」
天使様という仮面ではなく、欠点だらけの、ただの「椎名真昼」を。
事実として、ありのままに、肯定してくれた、あの夜。
あれは、魔法だったのだと、今ならわかります。
重く、冷たく、私に張り付いていた鎧を、ゆっくりと、けれど確かに溶かしてゆく、静かな魔法。
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第四章|特等席で、永遠の誓いを
フィナンシェを食べ終え、コーヒーをひと口含んで、貴方はまた、参考書に向き直りました。
その頼もしい背中を、シャープペンが奏でる、規則正しい音を、私は、隣の席という ―― 私だけの特等席で、静かに見つめます。
「お前って尽くすタイプだよな、本当」
いつか、貴方が呆れたように、けれどどこか嬉しそうに、こぼした言葉。
「尽くしたい人に尽くすだけですし」 ―― そう答えた私の声には、隠しきれない独占欲が、確かに、滲んでいたはずです。
けれど、本当は、私が一番よく知っている。
貴方の不器用な優しさに、すっかり駄目にされているのは、間違いなく、私のほう。
誰の前でも見せられなかった、無防備で、弱い、ほんとうの私を ―― 貴方の前でだけは、曝け出せるようになったのですから。
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誰も私を見てくれなかった、冷たい世界の、ずっと向こう側。
長い旅の果てに、ようやく辿り着いた、生涯失われることのない、絶対的な安全基地。
飾らない、たった一言の「美味しい」が、ここには在ります。
その言葉が聞けるこの場所で、私はこれからも、ずっと ―― 貴方だけの「幸せの味」を、作り続けてゆきたい。
「ずっと、隣にいてくださいね」
穏やかなコーヒーの香りに包まれて。
夜の静けさに抱かれて。
私は、愛おしい貴方の横顔に向けて、心の中で、そっと、永遠の誓いを立てるのでした。
――おやすみなさい ―― 。
明日も、隣に、貴方が、いてくれますように。
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