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M i d n i g h t S u m m e r D i a r y
灯りのともる夜に
― 絶対的な安全基地 ―
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第一話 夜の言葉
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夜の静けさというものは、ときに、人の心の一番奥にある鍵を、そっと外してしまうことがございます。
窓の外で街の灯りがひとつ、またひとつと数を減らしてゆくころ。
私は、あの日の自分のことを、静かに思い返しておりました。
――誰かに、見つけてもらうことすら諦めていた頃のこと。
愛し合って結ばれたわけではない、ふたりの大人の間に生まれてしまった私は、幼い日々を、扉一枚を隔てた声の冷たさとともに過ごしておりました。
「困るなら、産まなければよかったのに」。
その言葉は、幼い胸のなかにゆっくりと沈み、やがて凍りついて、動かなくなりました。
綺麗でいても、成績が良くても、家のことを完璧にこなしても、あの人たちの瞳が、私の姿を映すことは、ついに一度もございませんでした。
だから私は、手を伸ばすことを、やめました。
――他者に期待しないこと。それが、幼い私が身につけた、ただひとつの生きるすべだったのです。
やがて私は「天使様」と呼ばれるようになりました。
誰にでも優しく、誰の前でも完璧で。けれど、その仮面の内側で、私はいつも、少しだけ寒がっておりました。
向けられる称賛は、私という人間にではなく、私が纏う仮面に向けられているのだと、幼いころから、知っていたからです。
……そんな私の心に、貴方の声が届いたのです。
飾らない、無骨な、けれど嘘のない、その言葉が。
第二話 クッションに沈める頬
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「可愛い」
貴方の口から零れるその一言には、修辞も、比喩も、なにひとつ添えられておりません。
ただ、事実を告げるように。あるいは、ふと胸に落ちた雫のように。
けれど、その飾らなさというものが、どれほど恐ろしいものか、貴方はご存じでしょうか。
私が長い年月をかけて丁寧に磨き上げた、あの分厚くて冷たい鎧を、貴方の声はいとも簡単にすり抜けて、心の一番柔らかな場所まで、まっすぐに届いてしまうのです。
貴方は、ときどき意地悪です。
私が耳まで赤くなることを分かっていて、少しからかうように、そっとその言葉を落とすでしょう。
分かっているのに、頬は熱を持ち、瞳は行き場を失って、部屋のどこか、灯りの届かない片隅へと逃げてしまう。
――心臓が、もちません。
そう呟いて、私はお気に入りのクッションに顔を埋めます。
恥ずかしさというものは、こうも息苦しいものかと、私はそのたびに思い知らされるのです。
そんな私を、貴方は少し困ったように、けれどどこか愛おしそうに笑ってくださいますね。
天使様と呼ばれた完璧な少女は、あの瞬間、音もなく崩れてしまうのです。
そこにいるのは、ただの、年相応の、恋する女の子。
貴方のたった一言で、こんなにも無防備な自分をさらけ出してしまうことに、誰よりも驚いているのは、他ならぬ私自身なのですよ。
第三話 駄目にされているのは、どちらでしょう
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クッションに顔を隠す私を、呆れたように、けれど限りなく優しい眼差しで見つめる貴方。
私はよく、貴方のお世話を焼きながら、少し意地の悪い笑みを浮かべます。
「私がいなければ駄目になってしまいますものね」――そう囁いて、貴方を思うぞんぶんに甘やかしてしまいたくなる。
私から離れられなくなってしまえばいい、と、そんな独占欲を、ときどき、抱えてしまうのです。
けれど、本当は、私自身がいちばんよく分かっております。
――駄目にされているのは、間違いなく、私のほうだ、と。
過去を打ち明けた、あの夜のことを覚えていらっしゃいますか。
「可愛げなんてない、臆病で、自分勝手で、口が悪くて、好かれる要素なんてどこにもない」――そう自分を裁いていた私に、貴方は、静かに言ってくださいました。
「見て見ぬふりしてやれ。泣くなら、泣けよ」
そして、こうも。
「俺は、割と好きだぞ」
「お前の素を見ても、それが好きだって奴が、ここにいるだろ」
……不器用で、まっすぐで、飾らない、貴方らしい言葉でした。
その一言は、私が長いあいだ触れずにいた氷の芯を、ゆっくりと溶かしてゆきました。
見えない鎧を脱がされて、安心しきって、貴方の隣で「駄目な自分」を晒せるようになった私。
――結局のところ、駄目にされているのは、私のほうなのですね。
第四話 夜のはてに、帰る場所
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「可愛い」と言われるたびに、頬が熱くなるのに、心の奥では、もう一度その声を聞きたいと願ってしまう。
貴方が他の誰かと親しげに話していると、疎外感に胸がちくりと痛んで、「私だけのけ者は、いやです」と、子どものように口にしてしまう。
そんな我儘で、欲張りで、少しばかり醜い自分にも、貴方は静かに笑ってくださいますね。
過去を知った貴方が、私の父に向けて放ってくれた言葉を、私は生涯忘れないでしょう。
「真昼を放置しておいて、今更後悔するくらいなら、最初からそんな態度を取らなければよかったんです」
そして。
「幸せにしてみせます」
「ずっと、隣にいるから」
――その瞬間、私は確信いたしました。
私にはもう、生涯失われることのない、絶対的な安全基地があるのだ、と。
体育祭のあの日、全校生徒の前で、貴方を「一番大切な人」だと告げた、あの決意。
そして、貴方が私に返してくださった、永遠の誓いのような言葉たち。
「真昼のことが、誰よりも好きだよ」
「俺が、俺の手で、幸せにしたいって願いだから」
「大切にするよ。絶対に」
……空っぽだった私の胸のなかに、あの夜、たしかに、あたたかい灯りがともりました。
ありのままの椎名真昼を、そのまま受け入れてくれる貴方の隣こそが、私にとって、世界でただひとつの、生涯失われることのない「帰る場所」なのです。
どうかこれからも、貴方の瞳のなかだけで、私を一番の「特別」でいさせてください。
そして、貴方の、飾らない、不器用な言葉で、何度でもこの心を、静かに、けれど確かに、揺らしてくださいね。
――世界でいちばん大切な、貴方へ。
夜が更けてゆきます。
遠くで、一機の飛行機が、音もなく雲の向こうへと消えてゆきました。
私は、そっと日記を閉じます。
明日もまた、貴方の隣で、この穏やかで、愛おしい時間を、静かに過ごせますように。
――おやすみなさい。よい夢を。
…………それでは皆様、心地よい夜の旅を。
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