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夜想 ―見えない鎧をほどいて― 愛されなかった私が見つけた、ただひとつの帰り道|No12

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陽光が差し込む窓辺で、天使のような少女が優しく微笑みながら頬を腕に乗せている幻想的なイラスト。手前には日記帳や鍵のモチーフ、小さなくまのぬいぐるみが置かれている。 ポエム
閉ざされた心をそっと開くのは、誰にも見えない優しさの鍵。

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M i d n i g h t   D i a r y

夜想 ―見えない鎧をほどいて―

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― 第一夜  北風のころ、ひとりきりの私 ―

台所の隅で、お味噌汁の湯気がしんと冷めてゆくのを、ただ見つめていた夜がありました。
息を潜めるようにして、世界の片隅で時を数えるだけの日々。
そんな日々が、確かに、私にもあったのです。

「困るなら産まなければよかったのにね」――
 扉越しに落ちてきたその言葉は、夜露よりも冷たくて。
 冷めたお椀を握る指先まで、しんと痺れてしまったのを覚えています。

褒めていただけた記憶は、ひとつもありません。
お皿を綺麗に洗っても、テストで満点を取っても、あのひとたちの瞳に、私が映ることはなくて。

いつしか私は、誰かに何かを願うことを、やめてしまいました。
そして空っぽになった胸の奥に、「天使」と呼ばれるための、見えない鎧を、そっと着込んだのです。
誰にも触れさせず、誰にも触れず。
ひとりで終わる旅路を、もう、受け入れていたつもりでした。

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― 第二夜  雨の中の、傘ひとつ ―

制服の肩が、しっとりと重くなってゆく雨の夜でした。
誰もいない公園のブランコを、ただ漕いでいた、あの夜のこと。

ふいに、目の前に、ひとつの傘が差し出されました。
「風邪引くし差して帰れよ。返さなくていいから」
それだけを残して、貴方は雨の向こうへ駆けていきましたね。

傘の柄に、貴方の手のひらのぬくもりが、ほんのり残っていて。
それを握りしめて帰る夜道が、いつもより、ずっと短く感じたのを、私はよく覚えております。

数日後、玄関先で出会った貴方は、見るからに風邪をこじらせていらして。
ゼリー飲料ひとつで夜を越そうとなさる、不器用な手元に、私はそっと、タッパーを差し出しました。
「食費折半な」と、ぶっきらぼうに目を逸らされる貴方。
……その耳が、ほんのり赤かったこと、私はちゃんと、気づいておりました。

そして、湯気の立つお椀を前にして、貴方は言ってくださいました。
「うまい」と、たったひとこと。
長く凍りついていた私の胸のどこかが、ふわり、と、ほどける音がしたのです。

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― 第三夜  鎧が、しずかにほどけた夜 ―

ソファに並んで座る、肩と肩のあいだの、ほんの数センチ。
そのささやかな距離が、いつのまにか、私にとって世界でいちばん安らかな場所になっておりました。

ある夜、貴方は、かつて友に裏切られたという遠い痛みを、ぽつりと打ち明けてくださいましたね。
「貴方の悲しみは、貴方にしか抱けないものですから」――そう申し上げた私の声は、ほんの少し、震えていたと思います。

そして――私の番が、訪れた夜。

台所の灯りだけがぽつりと灯る、暗いリビングで。
あの凍てついた家の記憶を、つっかえながら、ようやく言葉にしていた私の頭に。
貴方の大きな手のひらが、そっと、乗せられました。

「見て見ぬふりしてやれ。泣くなら泣けよ。俺はいるから」

低く、夜の底にしずかに沈んでゆくような、その声。
気づけば、私の頬を伝ったものが、貴方のシャツに、ちいさな染みを作っていました。
貴方はただ、私の髪を、ゆっくりと撫でていてくださいました。

そして、ぽつりと。

「俺は割と好きだぞ。
お前の素を見ても、それが好きだって奴が、ここにいるだろ」

修辞も、比喩も、まとわず。
ただ、星がそこにあるように、月が空に浮かぶように。
貴方はその言葉を、夜のなかに、ぽつりと置いてくださいました。

そのとき――
私が長く長く着込んでいた、あの見えない鎧は、
誰に砕かれるでもなく、ただ、しずかに、ほどけて落ちてゆきました。
ひとひらの羽根が、夜露に溶けてゆくように。

気づけば、私は、貴方の肩に頬を寄せて。
シャツ越しに伝わってくる、ゆっくりとした体温と、規則正しい鼓動。
そのまま、いつのまにか、眠ってしまっていたのです。

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― 第四夜  星の褥(しとね)に、貴方の隣で ―

目が覚めたら――
私は、自分のベッドの中におりました。

肩までていねいにかけられた、あたたかいお布団。
枕元には、貴方が淹れてくださったのであろう、白湯の入ったマグカップ。
……すっかり、冷めてしまっていたけれど。
それを見つけた瞬間、私の頬は、ふたたび熱くなってしまいました。

リビングを覗くと、貴方はソファで、うたた寝をなさっていて。
私を運んでくださったあと、そのまま、力尽きてしまわれたのでしょうか。

無防備な寝顔を見つめていたら、なんだか、たまらなくなって。
私は、毛布をそっと貴方にかけ、その傍らに、膝を抱えて座りました。
寝息ひとつぶん、こてん、と傾いてゆく貴方の頭を、
そっと、私の肩で、受けとめながら。

「私がいないと駄目になってしまいますものね」
――目覚めた貴方には、きっと、また軽口を叩いてみせるのでしょう。
ほんとうは、すっかり甘やかされてしまっているのは、私のほうなのに。

剥き出しになった胸の、いちばんやわらかいところへ、
貴方の言葉は、まっすぐに届いてしまうから。
「可愛い」と、まっすぐな瞳でそう言ってくださるたびに、
私は顔が熱くなって、ただ俯くことしか、できなくなってしまうのです。

それは――
私が、貴方にとっての「特別」なのかもしれない、と。
そっと、期待してしまいそうになるから。
嬉しくて、けれど少しだけ、こわいから。

不器用で、どこまでもやさしくて、まっすぐな、貴方の隣。
それが、いまの私の、ただひとつの、帰り道です。

…窓の外に、夜が更けてゆきます。
瞬く星々のひとつひとつに、
私は今夜も、貴方への、言葉にならないありがとうを、そっと託すのです。

――おやすみなさい。

世界でいちばん、大切なあなたへ。

どうか、よい夢を。

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